初歩のうちは全身全霊を傾けて 物事に打ちこめ
<解説>
仏教修行をめざす者に 悟りの途ははるかに遠い
いわんや入門者においておや だ
そこで 江戸時代の禅者 鈴木正三は 「仁王にならえ」 と こう言ったのである
心を空にし あるがままに行なうのが禅であるが 生半可な修行でこの境地は得られない
ならば 寺門に立つ仁王のように 両眼をカッと見開き 全身に力をこめて行ってみよ
それによって やがて寺門からすこしずつ奥へ進み 仁王から如来へと
悟りの境地に近づくことができよう と
これを鈴木正三は 「仁王の機」 と称した
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