和尚の小話
 
 
 


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 [8]   覚 悟 を し て お く                       <平常心シリーズ(2)>
 
つづいて <西堀先生は こう云っておられる> 「覚悟しておく」 とは
 
要するに問題なのは この臨機応変の処置を的確に講じることです
 
それには いちはやく 「失敗が起こりかかったぞ」 「起こったぞ」 ということを ピーンと感知して
 
そしてパッと手を打つことで 非常に短い時間での判断なのですよ
 
商売にたとえれば 売り出してみた品物はどうなっているかを よく感知し 売上が悪くなった時に 
 
パッパッと次の品物を出すとか すぐに引き上げるとか その速さが非常に問題になるのです
 
今回の準備の如きプロセス (やり方 ・ 過程) はロジック (論理 ・ 理屈) であって 考えるということ
 
に当てはまるのです あるいは教えることも出来るのです
 
「こうだからアア ああだからコウ」と教えることも出来るのです
 
しかし もう一つの判断はノンロジック (非論理) でして 理屈じゃないのです
 
それを早くやるためには 慌てふためいてはダメなのです
 
事件が起こりだしてから 「どうしようか」 などと思っていけません
 
ここで一番大事なことは何かというと 「心の平静さ」 ですよ
 
慌てふためいても ビクビクしてもダメなのです 本当に平然とできる
 
それを 「平常心」 というのですけれど そういう平常心を持つ事が必要なのです
 
どうすれば 「平常心がもてるか」 というと 「まず覚悟すること」 である
 
「何を覚悟するか」 というと 「思いもよらぬことが起こるに決まっている」 と覚悟しているわけですよ
 
そうすれば 「ほう 俺の思っていた通り 覚悟していた通りのことが起こったなあ」 と
 
別に慌てふためかないのでしょう
 
もしワタリ先生の献立量のままにして 「腐った 干からびた」 で無くなったらそれこそ本当に慌てます
 
「どうせ思いもよらんことが起こるに決まっとるんだ こんなもの あてにならんわい」 と
 
はじめから思っているものだから 肉が腐っても どうということは無いのです
 
その後 せっかく持って行った冷凍品が どんどん南極で腐るんですが
 
これも別に慌てふためきません 覚悟していますからね
 
こういうのはノンロジック(非論理)で理屈じゃないから考えるということではなく感ずることなのですよ
 
したがって 理屈でないから 人に教えることは出来ません
 
全部それは自分が身を持って 体得するしか 仕方ないわけなのですよ
 
 
<住職のコメント>
 
@ 禅の考え方 教え方 修行は 全てが正にこれ (教育でなく体得) なのです
 
A だから 修行した人は ある意味で怖いんですよ
 
B しかし 一徹で頑固なところと優柔不断な おもしろい一面が共存している
 
C 死に直面しても 正に 「平常心」 でおれる覚悟というものの偉大さをもつ
 
 
次回は いよいよ 「平常心」 についてお話しましょう
 
 
                                              2005年11月25日
 
 
 
 



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